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誕生日

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(ブログ本文)
今日は、私の41回目の誕生日です!
「直美 おめでとう!!」

41年前の今日、私をこの世に、
この時代に、生み出してくれた父と母に、
本当に心から感謝しております。
そして、同じ時代に、同じ世界に、
生まれて出逢ってくださったみなさん、
本当に、本当にありがとうございます!!

今日は、そんな私の41年に
関わってくださった皆様に
感謝を伝えるブログとして
綴りたいと思います。

41年前の今日、私は、3,600グラムの
大きな真ん丸の女の子として生まれました。
私が生まれたのは、大分県日田市です。
日田の実家は、本当に自然が豊かで、
水も、空気も、とてもきれいなところでした。
当時は、うちも、ご近所の方も、
家で野菜を作ったり、
ニワトリを飼っていました。
今思うと本当にこれ以上ないくらい贅沢な、
完熟、かつ、新鮮で、とても美味しい
食材に囲まれて、大きくすくすくと
育ててもらったなぁと思っています。

私には、姉がいました。
しかし、姉は生まれてすぐに
亡くなってしまいました。
私は、そのあとに生まれたこともあり、
両親や親せきの皆様に
すごく喜んでもらった
という話を聞いた事があります。

父は、今は天国にいるんですけれども、
お酒に飲まれる父でした。
そして、お酒を毎晩のように
飲んでいました。
私は、そんな父を
病気が見つかるまで
あまり好きにはなれませんでした。

でも、今から思えばですが、
そんな父だったからこそ、
私自身を守るために、
私はいつも目の前の人が
どうやったら喜んでくれるかなとか、
どうやったら褒めてもらえるかなとか、
どうやったら目の前の人が
笑ってくれるかなっていうことを、
ちっちゃい時から、
知らず知らずのうちに、
必死に考える習慣を身に付けていました。
その場の空気を読むっていうことも、
父のお蔭で
身に付いたことだなと思っています。

そんな父だったので、
私も、反抗したり、反発したり
したこともありました。
しかし、父が病気で亡くなる前に、
気付けた事がありました。
それは、この父でなければ、今の私は、
決して、いなかったということです。
言わば、私は、営業マンの英才教育を
小さい時から受けていたのではないか
と感じました。
そう思うと、私は、父に対して
本当に感謝の気持ち以外
持たなくなりました。

そんな父も亡くなって、
1年半が経ちます。
父は、とても不器用だっただけで、
本当はすごく愛情を持って
育ててくれていたんだなと、
今になって思い出すことがあります。

例えば、私の結納の日、
私は、主人と主人の家族を、
大分の実家に広島から招きました。
その日、私は、振袖を母に着付けてもらい、
結納の準備をしていました。
そして、いざ結納だっという時に、
突然、父がいなくなったのです。
家族で、父を探しました。
すると、父は、ニワトリ小屋の前で
大泣きしていたのです。
私は振袖のまま、
「おとうさん!!」って呼びに行きました。

いま思えば、父は私の事を
大事に大事に思ってくれていて、
主人に奪われてしまうような感じがして、
すごく寂しかったんだと思います。
泣いていたのが、
ニワトリ小屋の前っていうのが
すごく記憶に残っています。

母は、23歳で私を生んでくれました。
母は、私もなんですが、
寝たら嫌なことを忘れちゃうような、
あっけらかんとした人です。
母は、私が二十歳の時、20年前から、
自宅でお弁当屋さんをやっています。
私は、「3時起きです!」って、
早起きで結構有名(笑)なのではないか
と思いますが、
母は、2時や、3時に起きるのが
当たり前でした。
お弁当の仕込みをするためでした。
そんな母の前では
「私は早起きです」と
言えるような状況ではないのです。
母は、とっても働き者で、明るい人です。
そして、私の事をいつも、
優しく受け入れてくれる人です。
私は、これまで、大事なことは、
いつも事後報告でした。
結婚も、塾を開業する時も、
転職をするときも。
母には、塾を開業するからとか、
家借りるからとか、引越すからとか、
籍入れちゃうから、みたいな感じの
連絡しかしていませんでした。
そんな私に、母は、穏やかに
「あんたがそうやって決めたんでしょ?」って言って受け入れてくれるのです。
決して、何事にも私がやることに対して
反対したことはない母です。

そう思うと、今こうやって
生かされている事に関して、
父や母に感謝しかありません。

私には妹と弟がいます。
妹は、年子で、
すごく強烈なお姉ちゃんだったと思うので、
私の事を「空を飛んでいる様な人」
みたいな表現をします。
でも、厳しい事も、私に愛情を持って
伝えてくれる本当に素敵な妹です。

弟は、最近、
すごく父に似てきたなって思います。
歩き方もしぐさも、話し方も。
弟は、勉強はあまり好きではないけれど、
いつも多くの友達に囲まれていて、
先輩にも可愛がられ、
後輩に慕われていると思います。
私は、そんな弟が
時々羨ましくなるほどでした。

そんな家族とともに、
18歳まで大分で育ててもらいました。
その後、進学に合わせて、広島に来て、
そのまま仕事を始め、結婚をし、
子どもたちを授かりました。
これまで、本当にたくさんの方と
出逢うご縁をいただきました。
これまで出逢った方々と、
これから出逢う方々に、
同じ時代、同じ世界に生きている事に
感謝しかありません。
出逢ってくださって
本当にありがとうございます。

41歳の今年は、
新しい事も始めながら、
これまでやってきたことも
ずっとずっととにかく続けながら、
生きていきたいなって思っています。

今週も楽しく生きるために仕事をします!!

愛をもって、愛を込めて、
かかわる人すべてに
生命と生き方と
向き合う時間を提供します。

今日も最後までお読みくださり本当にありがとうございました。

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